2021/11/17
お寿司誕生物語
登場人物 ・お松(女房) ・喜六(寿司職人) ・清八(喜六の友だち) ・他、奉行、旦那、役人 お松「あんたー。今日から仕事するって言ってたんと違うんかい。ゴロゴロガラガラドッカーン。」 喜六「クワバラ、クワバラ。また雷落ちた。 逃げろ逃げろ。」 お松「こらー、待たんかい。今日という今日はやいとでもしたらな気が収まらんわい。待てー。」 喜六「なあ、聞いてーなー。また雷落ちたん やで。」 清八「はっはっはー。相変わらずやのー。」 喜六「わいら、しょっちゅうこうやってお酒飲んでるやろ。せいやんも一回懲らしめたる言うてたで。」 清八「何でわしがお前とこの嫁はんに怒られなあかんねん。」 *** お松「あんたー、昼間から寝てる暇あんねやったら、仕事でもしたらどないやのん」 喜六「ちょいちょい、足で蹴るな、足で蹴るな。今日は休みの日やんか。寝ててもええやろ。」 お松「あんな、うちは貧乏やねんで。分かってんの。それにうちと一緒になる時なんて言ったか覚えてるか。わしは日本一の職人になるで。こない言うてたんとちゃうの。はよー腕磨かんかい。」 *** 奉行「お松、今回の仕事はお茶屋に忍んである役人の身辺を洗ってくれぬか。」 お松「はっ、お奉行様、お役目しかとつかま つりました。」 実はお松、裏の顔は忍びで、町奉行に仕えておりました。ある時は町娘、またある時は芸妓に変装し、くノ一として諜報活動をしております。これも、頼りない旦那をもったゆえ、家計を助けております。何やら、お茶屋の中で役人に賄賂を贈るようです。 *** 役人「お松よー。こっちこいってよー。」 お松「まー、お役人様。昼間っからやですよー。」 役人「えーじゃーないかー。ひっひっひー。」 旦那「えらくお気に入りですなー。」 役人「はっはっはー、すまん、すまん。わしばかり。お松よー、このお方にも、お相手呼んでくれぬか。少し細いの頼むぞ。わしと好みが違うでな。ガハハ。」 お松「やだわー、お役人様。まるで私が太ってるみたいやないですかー。」 役人「なになにわしからみたらガリガリよ。」 お松「またそうやっていじめるー。」 旦那「これは楽しいですな。では、例の件はお約束通りということで。お饅頭もたーんとご用意しておりますよってに。」 お松「気持ち悪いわー。仕事やなかったら、はりたおしてんのになー。あかんは、あの顔。わて、生理的に無理かも。うちの人のほうがよっぽどエエ男やで」 役人「お松、何をごちゃごちゃ言うとる。ほれ、踊りをたのむぞ。ほいっほいっ。」 お松「はいっ、かっぽーれ、かっぽーれ。」 役人「お松、落語家みたいじゃのー。」 *** お松「あんたー、また寝てんのんかい。はよ起きてしっかり腕磨かんかい。って、もうおらへんがな。感心感心。」 喜六「今日は先に起きたで。あいつの機嫌とるために、何か買うたろうかいな。着物とか帯とか。いやいや、また趣味悪いわー言われるさかいなー。やめとこやめとこ。んっ?ここは家具屋さんかいな。ちょっとのぞいたろ。」 *** お松 「お奉行様、先日の一件、賄賂の算段確認いたしております。」 奉行「うむ。ご苦労であった。すまぬが、現場を押さえねばならぬゆえ、あやつの足取りを調べてくれぬか。」 *** お松「今日も忍びの仕事や。町娘やから、若作りしてきたけど、私ももう限界やな。もうこの格好も痛々しいわ。この前のお役人の足取り調べなあかんねや。確か、この辺りウロウロしてるらしいから、ちょっとこの家具屋さんから外を伺おうとしよか。えーっ。うちの人いてるやん。何でや。家具になんかこれっぽっちも興味あらへんのに。とにかく見つかったらややこしいさかいに、これやっ。この長持の中に隠れとこ。よいしょ、よいしょ。ちょっときついなこれ。」 喜六「何でも高そーやな。こんな桐タンスお松にこーたったら喜ぶやろなー。この長持もえーなー。でも、あの狭い部屋にこんなん置いたら、それこそ長持の上で寝なあかんわ。ちょっと中見たろ」 お松「ギャー。」 喜六「ギャー。えーっ。中に人がおったよなー。わーっ。お松やないかい。な、な、何してんねん。」 お松「何してんねんって、見たら分かるやろ。ほら、近ごろ、肥えてきたよってに、こーして狭いとこ入って蒸し風呂みたいにして、汗かいてな、やせよっかなー。って、いうことや、ハハハ。帰るわ。さいなら。」 喜六「なんやあいつ。見たらあかんもん見てもーたな。怖なってきた。忘れよ忘れよ。」 お松「びっくりしたー。まさか、うちの人と出くわすとは思わなんだなー。まずいなー、さすがに変やわなー。自分の嫁はんが、えー歳こいてんのに娘のかっこして、長持から出てくんねんもんなー。忍びがばれたら、夫婦ではもういられへん決まりやねん。あんな頼りない人でも、好きで一緒になってんねん。どないしょ、どないしょ。」 *** 奉行「いやー、今回の一件ご苦労であった。何やら家具屋で長持の中、汗だくになって尾行していたそうな。あーはっは、お松はかわいいのー。長持から、いーっひっひ。いやいや、すまぬ。礼をいうぞ。しかし、お松のような、おてんばを持つご主人に一度お目にかかりたいものよのー。」 お松「いえいえ、めっそーもございません。それに、今回の件で、うちの旦那が怪しんだかもしれませぬ。その時は、その時は。」 奉行「よいよい。いい機会じゃ。今日をもって、お役を外そうと思うておった。これまでの活躍ご苦労であった。聞くところによると、ご主人とお寿司屋をおこすのが夢であったそうじゃな。これまでの報酬にちょいと上乗せしておいたものじゃ。少しは役に立てておくれ。」 お松「お奉行様―、ありがとうございます。これであの人と立派なお寿司屋になるとお誓いいたします。」 奉行「お松の町娘姿が見れんのが、寂しいわい。はーっはっは。」 *** 喜六「よっしゃ、本腰入れて、寿司屋になんで。ほな、今から魚釣ってくるわ。」 お松「あほ。あんたは、造るほうやねんから、魚は魚屋から仕入れたらええんや。さっさと包丁研いで、仕込みせんかい。」 喜六「わかった、わかった。鮒ずし仕込むから、この鮒の腹にご飯詰めといて。わしは、ちょっと気晴らしに出るわ。」 お松「まだわかっとらんようやな。いっちょ懲らしめたろか。湯のみにお酢を入れて・・・。」 喜六「ただいまー。外はまだ暑いわー。ブーッ。すっぱー。ぱっ、ぱっ。何してくれてんねん。酢入れやがったな。あーあー、ご飯にかかってしもたがな。もったいないことして。わしの晩ごはんも入ってんのとちゃうの。勘弁してーなー。これ食べなわしのメシあらへんがな。ん?んん?お松、これ、これ食べてみ。」 お松「そんな汚いもん誰が食べるかいな。いつまでたっても、本気にならへんさかいに気合い入れるように、酢を入れたったんや。」 喜六「違うねん。これお寿司になってんねん。普通、寿司にするには魚とご飯を一緒に発酵させなあかんから、半年以上かかんねんで。これ、いきなりお寿司になってる。大発見や。」 お松「大発見なん?」 喜六「大発見やがな。わし考えあんねん。この前おまえが、長持の中入って痩せようとしてたやろ。」 お松「あ、あん。そんなことあったわねー。ホホホ。」 喜六「あれ、箱の中でびっちり詰まってたろ。」 お松「ほっといて。」 喜六「それ見て。木箱作っててんけど、この木箱に酢をかけたご飯と新鮮な魚を乗せて押したら、どーなる。」 お松「あんたー。それ、すごいんちゃうの。長持寿司ちゅうのそれ。わたいのおかげやん。」 喜六「何ゆうてんねん。考えたんはわしやないかい。そもそも、お前おかしいぞ。どこぞのやつが、町娘のかっこしてぎちぎちの長持の中はいるやついてんねん。ははーん、さてはお前。」 お松「そそそ、これはあんたの手柄や。間違いなし。はい。あんたはできる人やと思っててん。わても、手伝わせて。早速お店だそ。屋号も決めて善は急げや。」 喜六「気が早いなー。それに銭のほうかてあらへんがな。」 お松「わてにまかせときって。そのかわり、わてが屋号付させてや。お松とキーコ。どない?」 喜六「何でお松が先にくんねん。」 お松「ゴロがええやん。何か文句あんの。」 喜六「いえ、ありません。」 お松「あんたが言ってた、日本一にに近づいたんとちゃうの。」 *** お松「あんたー、今日も開店前からお客さん店の前で並んでんで。早よ用意してや」 喜六「できた。お松、お松。」 お松「なんやねんなー。今忙しいねん。」 喜六「やっと完璧な寿司酢が、完成してん。酢に対しての、砂糖と塩の黄金比が、分かったや。」 お松「何いうてんのー。こっちまで聞こえへんでー。」 喜六「だからー、砂糖が9で、塩が1や。」 お松「聞こえへん。もう一回言うてー。」 喜六「そやから、9の1やー。」 お松「九の一・・・。あんた、わたいが、忍びってこと知ってたん。」
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